琵琶湖消滅計画
蓮華と蛍


「神社は参る人がいれば神様はいるけど、お寺はお坊さんが居ないと意味がないんだ。教えを説く人の居ないお寺は、ただの古びた庵だ。」


お僧の訃報が耳に届いたのは、夏の始頃であった。

「最近外に顔出してなかったらしくてさ。心配したキンが見に行ったら、眠るように御陀仏していたんだと。」

友人からそう聞かされた時、その事実がどれほどの意味を持つのか、正直図りかねていた。歳を考えればおかしくはなかったし、何より友人のあっさりした言葉からは、死の温度を感じ取ることができなかった。実感が沸かないとでもいうのだろう。ともかく、電話越しからの通告を、その時はいと普通に受け止めていた。

「それでさ、もう直ぐキンからも連絡くると思うんだけど、今度お僧の葬儀が寺であるから、お前も来るかなーってさ。」

葬儀?

「もちろん来るよ。ちょうど夏休みだしな。」

「夏休みじゃなかったら来なかったのか?」

「そ、そんな事はないよ。お僧にはいろいろ世話になったし、あたしがそんな薄情者に見えるか?」

「どうだか。」

どうだか。友人は私が今ひとつ現実を理解できて居ない様子を看過していたのだろうか。

「そういうあんたはどうなんだ?」

「まあいろいろ受付とかやるしな。キンに頼まれたんだ。」

「キンに頼まれなければ、来なかったのかい?」

「お前と一緒にするな。」

電話を終えても、お僧が死んだとは思えなかった。或は、死んだことの重みを理解していなかった。そんな人間を、私は薄情者と称した。けれど薄情者ですら、罪はまだ私より軽いはずだ。


その人は村で唯一のお寺にたった一人暮らしていた。もともと村の人間ではないそうで、誰も本当の名前は知らない。ただ、村のみんながその人をお僧さんと言って慕っていたし、慕われるに値するほどお僧さんはいい人だった。

村は、日本にある殆どの村と呼ばれる共同体と同じ様に、自然に囲まれたのどかな田舎であった……と言えば桃源郷のような聞こえだが、要するに山奥の過疎地域であった。交通の便も悪く、町からも遠い。おおよそいるのは土地に縛られた農家であり、その半分は年寄りである。子供なんて指折り数えるほどしかなく、私が高校生になり街に出る時には、村には子供が5人しか残っていなかった。そして来春、一番年下だったキンの卒業をもって村の学校は閉校が決まっている。それはもはや、限界集落の死亡宣告に等しく、それを食い止められる者も、食い止めようとする者も、村には誰一人いなかった。


幾時ぶりの故郷は、全くと言っていいほど変化がなかった。昔と同じように川が流れ、昔と同じように木々が茂り、昔と同じように虫が鳴いた。

「よう、あや姉。久しぶりだな。」

連絡を寄こした友人、キノも
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